仙台市の沿岸部、深沼の集落の少し北ににポツリと佇む「狐塚」という祠があり、津波にも耐え、残っていた。
2013年6月30日撮影 |
2014年2月2日撮影 |
震災後も残るその姿は、何か沿岸部の「あり方」を象徴・示唆するようだった。
(海側にヘリポートがあり、それで或る程度波が避けたのではという指摘もあるそうだ。)
最近見た同箇所は、木は切られ、祠が露になり、なんとも物悲しい様子。
同敷地を嵩上げ道路が通る事となっている。
そのため、移転するのではないかと私は思っているが、正確な情報は得ていない。
木はその姿だけでなく、その土地の歴史や記憶を残している。
津波の襲来から奇跡的に助かったこのこんもりとした微高地(と呼べるかわからないが)は、それこそ「メモリアル」としての価値があったのではないかと思う。
安全・安心に関わる施設と、地域を考える上で「それ(安全・安心)以外で必要である事」とのバランスには大きな分離が生じている。
防潮堤、津波避難タワー、嵩上げ道路。それぞれその事業単体で語られて進められてきたので(というか、進行形)、歪みが出てきている。
まちを「総じて語られる事」があまりないのが各地域の実情ではないかと思う。
答えの出し方が性急になるし、多面的な検討もなされないまま各事業やプロジェクトが進んで行く事に危機感を覚える。
こういう姿を見る度に、もうちょっと真の意味で「連帯」した取組みができぬものかと思うのである。