仙台の沿岸部は、復旧以降も刻々と変化する。
「安全・安心」のための公共事業によるものだ。
情報を得て久々に訪れた海岸林は、せっかく残った木々が一部伐採されていた。
一度伐採し、盛り土した上に新たな樹木を植え付けて行く計画と聞く。
この区域での盛り土が、本当に「安全・安心」に関する意味を持つのだろうか。
正直なところ、私は疑問が多い。
写真の奥に見える白い構造体は、海岸堤防だ。
写真を撮る近傍では、鳥の声が絶えない。
さらには、嵩上げ道路の建設もはじまっている。
田んぼの中を縫うように盛り土と砕石敷がなされていた。
側道なのだろうと思う。
削減され変形した田んぼには水が入りはじめていた。(5月撮影)
奥に見えるパイプ組みは、かさ上げ道路の断面を示している。
こういった「安全・安心」に関する公共事業が急ピッチで進んでいる仙台沿岸部なのだ。
かさ上げ道路や避難タワー等、特に現地で再建する方々は「早く出来て欲しい」と口々に仰る。
一方、こうした工事需要に合わせて、移転跡地では現場事務所や資材置場、中には廃材置場になっている箇所も増えてきて、確実にそれらは今後増えるだろうと予想できる。
「戻ったはいいが」震災前の居住環境と明らかに違う。
「せっかく戻ったのに…」という声も聞かれる。
復興とポスト復興の交差する「現在」のジレンマがここにあるように思う。
それは、そこに暮らす人々だけではなく、「公共」としての「政策」「事業」としてのジレンマだ。
良く見かける公共事業を一律に批判・否定する態度には正直辟易するが、事業そのもののあり方を問われるものは、確かに多いのも事実。
環境というを意識することだろう。
「安全・安心」は「命を守る」と読み替えられられ、そのように理解されている。
では、財産や環境はどうだろうか。
仙台沿岸部では、散歩で自分の集落を毎日見回っているという人の話しをいくつか耳にする。
しかし、震災からこれまでの移ろいをどのように感じているか、じっくりと聞き取った事は未だ無い。
ようやく、そうした話しをできるようになってきた、とも言えるかもしれない。
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