早朝、陽の昇る前に目が覚めてしまって、思い立って城趾まで。
朝日の登ってくるところが見られればと思っての事だった。
時間的に日の出の時間に遅れてしまったが、東の空は雲が出ており、これに遮られてちょうど城趾に着く時間に太陽がでてくるところだった。
ここまで既に4〜5㎞歩いており、息をきらして登城路を登った先には、想像以上の風景が待っていた。
他に人もいた。(想像より多かった)
散歩で来ている(近所からと思しき)奥様方、ご夫婦。
ランニングの人々。
朝日の昇る様子をカメラを回し撮影している自転車の外国人。
観光で着たと思しき家族連れ。
夏休みであろう地元の男子高校生4人組。
犬の散歩の若い夫婦。
ピーク時には15人くらいになったろうか。
杜の都、近景には緑が飛込んでくる。
その先に住宅が拡がり、広瀬川が蛇行してそれらを分断している。地形の妙。
その先には高層ビルが建ち並び、微かに平野部の方が見える。
6時近くなると、それまでビルのトーンをどれも同じにしていた朝靄が少しずつ晴れ、ビルの表情が見え出す。
広瀬川の川面が輝き出し、徐々に道路の車の台数が増えて行く。
6時丁度には近くのお寺の鐘が鳴り、これが合図かのように、人影か消える。
仙台という107万人都市の「暮らし」が動き出す。一日のはじまり。(もしくは、終わり。)
城趾以外にも、朝の散歩コミュニティが各所で存在しているのではないかと推測する。
知らない時間、未だ見ぬ場所。
未だ見ぬ世界は無限に存在する。
たまには、生活の中にこういう時間を作ってみるのも良い。
生活の中で凝固した何かを溶かす様な、見通せぬ未来に風穴を空けるような作業だ。
大袈裟に言うのならば。
今回もSo Whatで。
0 件のコメント:
コメントを投稿